酒とアート、飲むと観るでノミルです

休日下手

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ゴールデンウィークも残り1日、みなさんは如何お過ごしだろうか?
我々、ノミル編集部は5月3日にあった「人狼文化祭」(後日レポートがあがるでしょう!)に全力に立ち向かい、翌日からそれぞれがゴールデンウィークを楽しんでいるはずだ(たぶん)。
わたしはどうしていたか?

わたしは用事があった時以外はずっと家にいた。

用事と言っても、ゴールデンウィークらしい楽しい用事ではなく、仕事関係だったり、野暮用だったりの類だ。
友人のフェイスブックなんぞを眺めているとやれバーベキューであったり、やれイベントの参加だったり、旅行だったり潮干狩りだったりと非常に楽しそうである。

アップされている写真に写る空はどこまでも蒼く、地上は眩結ほどの緑に覆われ、そこに写る人々は皐月のうららかでありながら、どこか夏の訪れを感じさせる陽の光を浴び、健康そうな笑顔を暴力的なくらいに撒き散らし、片手には炭火で焼いたであろうソーセージを割り箸でつまみ、もう片方の手にはクーラーボックスで冷やしていたのであろう水滴の付いた缶ビールを掲げている。
楽しそうだ。

実に楽しそうだ。

良いことである。

まっことに良いことである。

国が想定しているゴールデンウィークの使い方にふさわしい光景であり、彼らの行動が、消費が、世の中の経済を回しているのだと思うと、それはとてもとてもとても良いことだと思う。
そのときわたしはどうしていたか?

わたしはNetflixで『水曜どうでしょう』の「ベトナム横断編」と『プラネテス』のアニメ版を観ていた。

布団の中で、iPadで、イヤホンをつけながら。

『水曜どうでしょう』『プラネテス』どちらも名作だ。

2002年の大泉洋は茶髪だったか。やはり今と比べると顔が若い。若干、声もいまより高い気がする。

プラネテスの監督である谷口悟朗監督は、僕の思春期に多大な影響を与えた『無限のリヴァイアス』の監督であり、今作の怒濤クライマックスも谷口悟朗監督らしい演出であり、傑作だ。原作も大好きであり、もう何十回も読み直しており、国会図書館にあるべきマンガだと思う。
それはともかく、わたしは上に書いた用事以外の食事とお風呂とトイレと猫の世話以外はずっとNetflix漬けの3日間だった。

しかし、変化もあった。

二日目の5日に、用事で大阪から帰ってきてから喉に変調をきたし、3日目、つまり今日の朝、起床すると鼻はつまり、喉が痛く、身体がだるく風邪の諸症状を出していた。つまり、変化といっても、唐突なお誘いがあったとかいう環境の変化や、お釈迦様が枕元に立ったなどという精神的な成長などではなく、単純に風邪引いただけであり、ほぼ何もしていないのに(大阪駅の人の多さにうんざりしただけなのに)風邪をひくという実質マイナス方面への変化である。

しかし、そうとなれば本来あったはずの用事は「体調不良のためお休み」となり、布団にもぐり、安静と言う名の動画鑑賞をするしかない。

正直、普段と何も変わらない。
しかし、わたしのゴールデンウィークはそんなことでいいのだろうか?

世間では陽の光を浴び、片手に缶ビール、こちとら布団の中で、片手にiPad、横に猫である。

もちろん、後悔などはない。

しかし、世間から見れば、それはそれは哀しい連休に見えるかもしれない。

そういう意味で言えば、わたしは休日下手だと言えるかもしれない。
だが、だがしかし、ゴールデンウィークといえば、当然のごとく行楽シーズンであり、夕方のニュースではどこそこが混雑しております、新幹線の乗車率が100%超えです、高速道路上り方面は20キロの渋滞ですと言っている。

そうなるともうだめだ。

どこも混でいるくらいなら、どこにも行きたくない。

なんでわざわざ混んでいるところに行かにゃならんのですか、と重い腰が意見を言う。

結果、あそこに行ってみようかなぁ、けど混んでるだろうなぁ、と頭と心と身体が相談を始め、行こうかどうか悩んでいるうちに昼が過ぎ、夕方が過ぎ、やがて夜が来て、日付を超える。

そしてゴールデンウィークが終わっていく。
もちろん、これはへ理屈だ。

混雑してようが、どうしてようがどこにでも行けばいい。
腰が重いときというのは、常にへ理屈と正論の押し問答である。
ゴールデンウィークだけではない、正月であろうとお盆であろうと、それは同じことだ。

一度、タイミングをへ理屈を付けて見過ごしてしまうと、それは永遠にズルズルと、何かしらの理由をつけてやらないようになり、やがてそのタイミングがくることさえ憂鬱になってくる。

つまり、わたしはゴールデンウィークをはじめとする一般的な連休が来る度に憂鬱なのだ。

世間が連休だと騒ぐ度に、わたしの心は曇っていく。

いや、曇っていくなどと言うと随分と真剣だが、全然真剣ではない。
つまり、わたしが言いたいのはね。

それほど日常から剥離されないといけないのか、ということなんだ。

連休だからといって快活に休みを満喫しなければいけないのか、とかね。

タモリさんのように起床直後から家でビールを飲むくらいがちょうどいいのではないのか。

連休に多様性があってはいけないのか。

もちろん、あっていい。そうに決まっている。

あってはいいが、それが世間的にはマイノリティであることもまたおそらく事実であり、なによりも快活な休日が楽しそうであることが、悩みを深くさせているのかもしれないな。
いいなぁ、バーベキュー。

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2017-05-07 | Posted in hakariuri

ライター紹介

西出 元

Nomiru ディレクター、撮影、イラスト、会議中に腹が減ったと晩御飯へと促すことを主に担当。企画が進まない原因の一人。
ディズニーランドとUSJに行ったことがなく、それに対する憧れが高まっていき、ハードルが上がりすぎて逆に行けなくなっているが最近の悩み。
好きなお酒は辛口の冷酒。好きな肴は白子ポン酢。


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