酒とアート、飲むと観るでノミルです

私は貝がたべたい

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貝が好きである。
なぜかはよくわからない。

小さいころから好きだったのか、大人になってか急に好きになったのか、あるいはなにかしらのきっかえがあったのか、というよりは、気づいたら好きになっていた、という、まるで恋における馴れ初めのような感じで申し訳ないのだが、もうどうしようもない。気づいたら好きだったのだ。貝が。

貝といっても、なんでも良いわけじゃないよ、と、グルメの人なら言うかもしれない。しかし、わたしの場合は、もはや貝であればなんでも好きであり、海のミルクと呼ばれるカキはもちろん、ホタテ、バイ貝にハマグリにしじみ、あわびにサザエにツブ貝に赤貝、フレンチで有名なムール貝に、酒蒸しの代表格であるアサリ、寿司ネタでおなじみのカラス貝に、そうそうあまり食べる機会はなかったけどトコブシなんてのも好きである。もちろん、ここに挙げた以上に食べれる貝はあるんだろうけど、いまのところパッと思いつくのはこのくらいだ。おそらく食べたことがあるのもこのくらいだろう。

カキは、生で、レモンをチュッと絞って、殻から流れ落ちるようにスルリと口の中に滑り込ませ、まずは自然の恵みを自然のままに本能の赴くままにカキそのものの旨味を堪能し、その旨味が口中に残っている内に冷酒をクイッといき、カキ単体のときとはまた違った旨味の大波にさらわれていく食べ方はもちろん美味しいし、生きていることに感謝するほどだ。だけど、この食べ方を知ったのはとうぜん大人になってからであり、わたしが子供の頃の90年代には生牡蠣というものは気軽に食べられるものではななかった。カキといえばフライだったのだ。
では、子供の頃のわたしはカキフライのことをどう思っていたか。これはもう猛烈に、大好きだったとしか言いようがない。昔も今もわたしにとってカキフライを超えるフライは存在しない。エビフライもとんかつも唐揚げも好きだが、フライといえば断然1位はカキフライだ。(ちなみに2位はチキンカツである)なによりもあのほろ苦さがいい。フライというものは全般的に、脂による熱を通しているので、旨味というか甘味がある訳だが、カキフライにはそこにほろ苦さという新たな味覚の側面をわたしたち人間に与えてくれた。苦いのではない。ほろ苦いのだ。そしてそのほろ苦さはカキでしか味わうことができない。そして、カキフライになったことで、味付けにもバリエーションが増えたことも嬉しい。まずはレモン。揚げ物にレモンが合うことは万国共通だと思うが、ここで思い出してほしい。カキは生ガキだったころにもレモンが合っていたのだ。つまり、カキフライは揚げ物としてもレモンは合うし、カキそのものでもレモンは合う。外見だけでなく性格まで理想的な人と出会うことはなかなか難しいが、カキフライとレモンではいとも容易く実現できてしまう。これを神のいたずらと言わずなんというのか。わたしにはわからない。
だが、しかしはやまってはいけない。カキフライと運命を共にできるのはレモンだけではないのだ。ソースだってもちろん合うのだが、奴は八方美人だ。奴にはヒレカツにでも会わせておこう。カキフライと合うのは、レモンだけではない。そう、もうお気づきだろう。人類の叡智、タルタルソースである。レモンが夏の日差しの反射が眩しく感じたあのころの海での出会いだとしたら、タルタルソースは夜も更けた摩天楼のビルの一角、その最上階にある夜景が見えるバーカウンターで独り、スコッチウィスキーのオンザロックが入ったグラスを傾けむけているときに、隣に座ったドレスに身を包んだグラマラスな年上の女との出会いだろう。はっきり言って、自分でも何を書いているのかよくわからない。しかし、この勢いを逃してはならない。タルタルソース、そう、それはカキフライが身を委ねる処。レモンはかけるものだとしたら、タルタルソースはつけるものだ。タルタルソースという名の抱擁にカキフライをダイブさせ、拭い取るようにして持ち上げて口中に入れる。もはやそれは単なる食をこえて、エロティシズムの領域に達しているといっても過言ではなく、カキの旨味、カキのほろ苦さ、油の染み込んだ衣、タルタルソースの酸っぱさと濃厚さを一度に味わうこと、それは人生そのものであり、生きることへの賛美であり、巡り巡ってそれは美味しいカキフライの食べ方である。
思わず熱くなってしまった。
しかし、カキフライだけでこれだけの思いを馳せれるというのに、さらに、これに広島名物である牡蠣飯に、燻製、アヒージョ、ムニエル、グラタン、と多種多様な美味しい食べ方があるというのだから恐ろしい。

もちろんこれはカキだけでの話しではない。貝全般にいえることだ。

ホタテの刺身のときの甘さと、焼いてバター醤油(バター醤油!!)にしたときの甘さはそれぞれ違った嬉しさのある甘さであるし、つぶ貝のあのコリコリとした独特食感は寿司を食べているときに無いと寂しいし、朝ごはんにしじみの味噌汁を一口啜ったときの、あの五体六臂に染み渡る感じは他の味噌汁ではなかなか味わえない訳だし、ハマグリのお吸い物のお椀の蓋をあけた瞬間に広がる香りと大きな身という贅沢、汁だけでも酒の肴になるという美味しさ、さらにサザエのつぼ焼きを美味しいと思えた瞬間の大人の階段を登った感といったら!

人生を重ねていくにつれて、様々な貝を食べてきた。といっても貝研究家ではないので、貝を食べに歩き回っている訳ではない。目の前にでてきた貝を美味しく食べてきたということだ。20代前半までは、カキやホタテなどの味が濃い貝が好きだったが、最近はバイ貝やつぶ貝などの食感系に好みが移ってきている。
とくにバイ貝は、刺身にしても、煮付けにしても、炒め物にしても、その弾力のある食感は変わること無く、しかも味も濃く、和食にも洋食にも合うという、なかなか万能な貝だ。しかも高級じゃないので安い。古めかしい居酒屋ならばバイ貝の甘辛い煮付けがあるときがある(調べてみると関東に多いようだ。たしかに京都や大阪ではあまり見かけないかもしれない)、それをチョイチョイと爪楊枝でほじりだしながら、熱燗でチビチビといくのも乙なものだし、フレンチではバイ貝のバターソテーなんてのもあるので、爪楊枝をフォークに持ち替えて、コリコリとした食感と濃厚な貝とバターが合わさった味を楽しみながら、グラスに水滴が付くくらいのよく冷えた白ワインとあわせる、なんてのもいい。

ただ、貝というのはやはり個性が強く、様々な種類を一度に食べることは個人的にはおすすめできない。
回転寿司でツブ貝と赤貝やホタテを食べるくらいならいいかもしれないが、カキを喰うなら今回の貝における主役はカキと据えて、食卓につかなければならない。そこにアワビやらサザエなどが来てしまったら(海鮮焼きの店ではよくあることだが)、どれも美味しいのだが味と食感の個性派大集合といった感じになってしまい、舌がつかれてしまう。またこれはおいしい貝の弱点なのだが、見た目というか色彩が概ねどれも地味で形が個性的だ。彩りという点では、数ある魚の刺身やイクラやウニには負けてしまう。ようするに貝類ばっかり出て来ると飽きがきてしまう。カキ喰うぞ!という強い意志のもとならいざしらず、多種多様な貝が出てくるとその意志も薄らいでしまう。
個性派を引き立てるならば、独演させるか、全体を引き締めるアクセントとして引き立ててあげるのも、食べる側の配慮してあってもいいのではないかと思う。

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2017-05-11 | Posted in danpen

ライター紹介

西出 元

Nomiru ディレクター、撮影、イラスト、会議中に腹が減ったと晩御飯へと促すことを主に担当。企画が進まない原因の一人。
ディズニーランドとUSJに行ったことがなく、それに対する憧れが高まっていき、ハードルが上がりすぎて逆に行けなくなっているが最近の悩み。
好きなお酒は辛口の冷酒。好きな肴は白子ポン酢。


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