酒とアート、飲むと観るでノミルです

よなよなイカイカ

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現在の私のランク。へっぽこですいません。

 

夜な夜な、イカと対峙している。
そういう自分もイカなので、見知らぬ向こう側の住人も夜な夜なイカと対峙しているのだろう。

僕がイカとして活動しはじめるのはおおよそ午後23時頃。それから1時間から1時間半ほどイカとして生きている。
イカとしての生き方は非常にシンプルだ。
ブキと呼ばれる水鉄砲で、制限時間内に地面をインクだらけにして、テキがやってきたら撃ち倒す。
もちろんやられることもある。むしろへっぽこゲーマーらしくやられることのほうが多い。
とくに制限時間の10秒前にやられてしまうときは、思わず「あぁ…」という間の抜けた情けない声が出てしまう。
やられてしまうと、数秒立ってから復活することができるのだが、10秒前にやられてしまうとほとんど活動できる時間が限られてしまうのだ。そのため、試合終了に立ち会えなかったような悲しさを覚えてしまう。

ぼくは基本的にテレビゲームというものが好きな人間である。
人狼のような、実際に人を相手して、コミュニケーションを取りながらするゲームももちろん面白いが、テレビゲームのそれとは違う面白さだ。
テレビゲームの、とくにコンピュータ相手にクリアしていくゲームの面白さは、小説のそれに近く、その世界観やシステム(ゲーム性)にどれだけのめり込めるということにある。それとどうじに、現実の人間がいない、その世界ではプレイヤーはプログラムの範囲内では自由であり(逆にいえばプログラムの範囲内だからこそ、自由を感じるのだが)、何をしたって構わない。具体的にいえば、世界の危機のなか、カジノでひたすらスロットをする勇者でいたっていいし、好きなポケモンばかり捕まえて偏りのあるポケモンマスターになったってかまわない。最近のゲームでいえば『ゼルダの伝説 ブレス・オブ・ザ・ワイルド』は、まさしくゲームにおける自由とはなにかということを再定義した傑作だった。

しかし、これが現実の人間との協力プレイとなると、そうもいかない。
むかし、モンスタハンターがPSPで出ていたころ、何回か遊ぼせてもらったことがある。
モンスタハンターは、基本的に強いモンスターを協力プレイで倒していくゲームだ。
だが、みんなで協力して強いモンスターを倒そうとしているときに、勝手に隊を離れて、アイテム収集ばかりしていると顰蹙を買ってしまう。それは当たり前のことだけど、敢えて、ぼくはそれが嫌だった。現実ではないゲームの世界だからこそ、勝手気ままに行きていたい。強いモンスターに立ち向かうぞ、という気分のときもあれば、今日は薬草ばかり集めていたいな、という気分のときもある。強いモンスターを倒したければ、そうしたい人が勝手にすればいい。僕は草花に戯れるのだ。という風にしたいのだが、ゲームのルール上そうもいかない。サッカーの試合中に、今日は眠いからといって、芝生に寝転んだりしていたら、仲間やサポーターからタコ殴りに合うだろう。もちろん、それは理解している。しかし、相手がコンピュータであれば、芝生の上で寝転んでも誰も怒らない。試合には負けるだろうが、それは自由と引き換えのリスクにすぎない。だが、現実に繋がる協力プレイでは、そのリスクはあまりにも大きい。
だからこそ、僕は協力プレイを主体とするゲームは苦手だった。
同じ理由で、面白そうとは思っていたもののWiiU版である前作『スプラトゥーン』も購入しなかった。

そして2年後。つまり今年。
ニンテンドースイッチも無事に発売当日に手に入れ(発売日が一番手に入りやすいという皮肉なゲーム機なのだ)、『ブレス・オブ・ザ・ワイルド』での自由を謳歌していた。ただWiiUのときと状況が違うのは、周りにスイッチを持っている人がいたことだ。そして、その周りの人たちは『スプラトゥーン2』を購入していた。

スプラトゥーンに興味がなかった訳ではない。むしろものすごく興味があったほうだ。もともと私は情報収集タイプのゲーマーであり、スプラトゥーン2の情報もプレイ動画を含めて、情報を手に入れていた。その結果、スプラトゥーン2は非常に面白いゲームであろうということが分かっていた。なんなら、ルールはもちろんのこと、ステージ構成やブキの種類なんかも調べていたので、購入していた人たちと話しを合わせれるほどだった。
そして、調べるほどに、スプラトゥーンのゲーム性が、僕が嫌がっている協力プレイのリスクを限りなく少なくしていることに気づいた。
そのひとつがゲームの勝敗条件だ。
地面を塗り、その面積が大きいほうが勝利するというゲーム性は、他の協力プレイのゲームにはあまり見られない、シンプルなルールでありながら自由度があるものだった。人によってはテキを倒しにいくタイプの人がいてもいいし、地面を塗ることを専門にする人がいてもいい。
もっといえば、同じタイプのプレイヤーが集まりすぎると不利になってしまう場合が多い。前衛ばかりいると防御が疎かになり、気づいたら囲まれるように塗られていることもある。逆に後衛タイプばかりだと、防御ばかりに手が回ってしまい、ジリジリと負けていくパターンが多い。そのため、ある程度、タイプにばらつきがあるほうが勝ちやすくなっている、
他にも、ステージの手頃な狭さや、1試合3分間という短さ、またランダムで参加者がマッチングされるため「昨日の敵は今日の友」になりやすく、協力プレイにおけるリスクというか、負担が抑えられている。

そしてなによりも、キャラクターデザインや世界観が魅力的だ。
他にあるシューターと呼ばれるゲームのような殺伐とした世界ではなく、ポップでカラフルで、なによりも平和そのものの世界なのだ。そして、なにしろキャラクターがイカで、ブキはどうみてもおもちゃの水鉄砲だ。暴力的になりがちなシューターのゲームから、徹底的に暴力的なイメージを減らそうとしている。本来もっとリアリティをもって没入感をあたえることが、これまでのゲームの煽り方だったのが、スプラトゥーンの場合は、これはあくまでも遊びでありゲームなのですよ、ということを、グラフィックデザインやゲームシステムをを利用して、ゲーム側から諭そうとしている。
もちろんリアルなイメージのゲームがダメという訳ではない。たとえば第2次世界大戦をモチーフにしたリアルなゲームがあるが、スプラトゥーンとは違って、非常に緊張感のあるリアルなゲーム体験ができるだろう。
ゲームの表現としての方向性の違いであり、スプラトゥーンはその方向性の違いを徹底しているということだ。
それは、プレイをする前から思っていたことだし、実際に購入してプレイしてからは一層その考えを確信した。

ここまでいくと、もはや買わない理由がなかった。
友人が持っている。そのゲーム性は僕の考えるネガティブな要素を限りなく少なくしている。そしてそのゲームデザインにおける哲学的を体験してみたい。新たな協力プレイであるサーモン・ランも面白そう。さらにヨドバシのポイントもそれなりに溜まっている。
もはや買わない理由はなかった。

そこから夜な夜なイカをする日々がはじまった。
夏風邪をひいてるときは、あまりのしんどさにプレイできず、ランクも上げれていなかったが、ようやく21になることができた。
スポーツと一緒で、やらないと鈍るらしく、適度にプレイしたほうが上達するらしい。ただ1時間を超えると、疲れてしまう。
なので、疲れたらミニゲームであるイカラジオ2を遊ぶのだけど、これがミニゲームと言えぬ完成度の高いリズムゲームであり、休憩のつもりが30分ほどやり続けているときがある。ノーマルモードは大抵クリアできるようになったが、ハードモードは「んなもの、クリアできっかぁ!」とコントローラをぶん投げたくなるほど難しい。
やめ時が分からないほど面白いゲームなのだが、あまりやりすぎてもあれなので、スイッチのスマホアプリで遊ぶ時間に制限を設けている。思いがけず夜更かししてしまう人にはオススメだ。

今週末にはフェスが待っている。
僕が購入したときにはすでに第1回のフェスが終わっていたので、まだフェス未体験なのだ。
まだ、ポテトにするか、ナゲットにするか決めていない。
自分の本能ままに投票を行うか、周りの雰囲気をみて投票行うか…もうその時点でゲームが始まっているのか、ということに気づき、ため息をつくばかりである。

Splatoon 2 (スプラトゥーン2)
任天堂 (2017-07-21)
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2017-09-07 | Posted in hakariuri

ライター紹介

西出 元

Nomiru ディレクター、撮影、イラスト、会議中に腹が減ったと晩御飯へと促すことを主に担当。企画が進まない原因の一人。
ディズニーランドとUSJに行ったことがなく、それに対する憧れが高まっていき、ハードルが上がりすぎて逆に行けなくなっているが最近の悩み。
好きなお酒は辛口の冷酒。好きな肴は白子ポン酢。


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