酒とアート、飲むと観るでノミルです

『 猿の惑星 』から『 ブレードランナー 』まで。10月に観たい映画たち。

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前回から始まった(?)今月観たい映画たち。
これはわたくし、ニシデが独断と偏見と足りない知識で選んだ、いま観たら面白いんじゃない映画セレクションである。もちろん、わたくしは映画業界とほとんど縁がない人間なので、試写会的なものには行っていない。
そのため、ほとんどノー情報。
僕が知っていることはGoogleで検索すればすぐにでも出てくるはずだ。
しかし、Googleで検索するということ、すなわちそれは能動的な検索に他ならない。映画といえば、好きな人は映画情報なんかをウェブサイトなどでチェックしてみたるするものだが、そうでない人にとっては、なんとなくCMでやってたから知ったとか、ニュースでやっていたから知ったとか、情報の入手先としてはそのくらいだろう。

そのため、ノミルの読者諸兄にとって、ちょっとでも良い映画との縁ができたらと思い、拙い情報ではあるが、おすすめ映画情報を送らせて頂きたい。
そう思って、先月から始めたものの、すでに10月も半ばを超えてしまった。これはわたくしの、怠慢に他ならず、お叱りの声を受けても仕方がないと思っている。

しかし、まだ間に合う。
今回紹介する映画は、いまからでも映画館で観れるものばかりだ。
少しでも興味をもって、できれば映画館で鑑賞していただければ幸いである。

10月7日公開|『アウトレイジ 最終章』

笑いと恐怖は紙一重である。
アウトレイジの第一作で北野武はそのような主旨の発言をしていた。
ヤクザの抗争という、北野映画ではおなじみ設定でありながら、そこにはあまりにもやりすぎで娯楽志向的な暴力に満ち溢れていた。
北野ブルーと呼ばれている暗く陰鬱でありながら、どこか透明感がある色彩や、無音の間はそのままに、これまではアクセントのような暴力が、過剰なまでに入っている。その暴力のバラエティさも、こんな殺し方、よく思いつくな、と思うものばかりだ。

北野武監督のヤクザ映画の特徴として、義理と人情というものはほとんど存在しない。ヤクザをかっこよく映そうということは微塵も感じられることがない。
出て来るのは悪人ばかり。主人公はうだつが上がらない、いいようにこき使われる下っ端ヤクザの組長だ。(そしてそれを演じるのはビートたけしだ)
うだつの上がらない主人公は、命令されたことは忠実に守る。無理な汚れ仕事も「しょうがねーな」と愚痴をこぼしつつ引き受ける。慕ってくれる部下も少しばかりはいるが、基本的にはバカにされている。
それではまるで、ダメなおじさんのサラリーマンのようではないか…、そう思ったあなたは正しい。
『アウトレイジ』のフィクションな部分は、ヤクザというキャラクター設定や暴力だが、人間関係や、その世界観は、現実のあらゆる組織に置き換えることができる。そして、北野武と同年代の親父たち…大した出世できず、上からは使えないやつだと罵られ、部下からは邪魔だと思われ、家族からは疎ましがられ、定年になっても家に居場所がない…そんなサイレント・マジョリティな親父たち。その化身こそが、北野映画の主人公であり、映画のなかのビートたけしなのだ。いざという時に、「バカヤロー、このヤロウ」と言うことができ、僅かばかりの仁義を持ち、本気で怒ったときは銃をぶっ放す冷徹さがある。そういう存在でありたいと思う親父たちの、ある意味においての理想形なのだ。そして主人公がろくでもない死に方をすると、そうなんだよなぁ、涙を誘うのだ。
北野映画が愛される理由。それは芸術性の高さ、そしてクオリティの高さもそうなのだが、やはり、根底として「この映画は昭和から続く大衆娯楽(主人公を自分たちに置き換えられる)である」という、観客(親父たち)との見えない約束があるからではないかとも思うのだ。

10月13日公開|『猿の惑星:聖戦記(グレートウォー)』

いきなり「猿の惑星」である。
「猿の惑星」といえば、1968年に公開された第1作目が有名なSF映画大作だ。
猿に支配されたこの惑星は、実は未来の地球だった…というあまりにも有名なオチのせいで、映画の内容を知らない人でも、オチだけを知っている状態になってしまった。2010年代になってリブートされた本作は、そんな有名なオチを逆手にとって、なぜ地球は猿の惑星になってしまったのか?という謎を明かしていく物語となっている。
そして今作は、その三部作の最終章であり、68年の第1作に繋がる内容となっている。

そもそも、出落ちで申し訳ないのだが、じつは筆者も68年の「猿の惑星」をちゃんと見たことがない。いわゆる映画の内容を知らないくせに、オチだけ知っている人の、一人である。
そんな筆者が、偶然にも2011年のリブート版第一作である『猿の惑星:創世記』のDVDを観る機会があったのだ。
正直に言おう。観る前の筆者は、心のどこかで猿の惑星をバカにしていたことを。『猿の惑星:創世記』も、流行のリブートものに乗っかったハリウッドの金をかけたB級SF映画だと思い、あまり期待せずに観始めたのである。
しかし、そんな考えはオープニングが始まった瞬間に消し飛んでしまった。大げさな演出は全く無く、静かに、どこか悲しげに始まったこの映画は、間違いなく本気で作れられた映画であることを表していた。丁寧に設計されたストーリー展開、CGIも非常にクオリティが高く、また三部作の主人公である猿のシーザーのモーションアクターは『ロード・オブ・ザ・リング』でゴラムを、『キングコング』ではコングを演じたアンディ・サーキスであるため、その動きは折り紙付きだ。
またアルツハイマーの治療薬が原因で猿の知能が向上したというSF設定は、66年のアメリカのSF小説『アルジャーノンに花束を』を連想させるが、オリジナリティもあり、現実離れしすぎていないため、そういうこともあり得るかもしれない、というリアリティがある。
また、68年の第一作に対する伏線も、本筋に邪魔にならない程度に提示されており、第1作目を知っている人ならばニヤリとすることだろう。

そして、2作目である『猿の惑星:新世紀』では、滅びつつある人間と繁栄し始めた猿との戦争という大筋がありながら、それぞれの陣営でも内部の対決があるという物語としての複雑さもあり、これもまた上質なSF映画となっていた。
ちなみに2作目の監督は『クローバーフィールド』のマット・リーヴスであり、一筋縄ではいかないのも納得できる。

そして本作だ。
さきほども書いたが、本作がリブート三部作の最終章であり、猿と人間の戦いに決着がつく。
(おそらく)人間側が負けるのだろう。しかし、この映画はオチが重要ではない。「なぜ、猿の惑星になったのか」その過程を如何に描くか?それこそがこの映画の重要なところだ。
このリブート三部作は、オチを封印されたことによって、その過程を丁寧に深く描かざる得なかった。しかし、そのことが、他のSF映画のリブート作品とは異なった新しい面白さを醸しだしているのだ。

10月27日公開|『ブレードランナー2049』

そして、10月はなんと言ってもブレードランナーだろう。
1982年に公開されたサイバーパンクSF映画である『ブレードランナー』。主役はハリソン・フォード。監督はリドリー・スコット。原作はSF小説の巨匠フィリップ・K・ディック。82年は、筆者も生まれていないので、公開された当時、どのような状況だったのかは分からない。ただひとつ言えることは、あまりヒットしなかったということだ。
そうヒットしなかったのだ。興行的には。
まるで娯楽大作のような雰囲気を醸し出しつつ、観てみれば、難解なストーリー。陰鬱な世界観。はっきりしないエンディング。
いやぁ、デートで観るにはもってこいな映画ですな。(2人とも映画好きで、SF好きで、考察するのが大好きなカップルに限る)
まぁ、そんな訳で、ヒットしなかった映画なのですが、それがなぜ、続編の『ブレードランナー2049』が話題になっているかというと、ヒットはしなかったものの、映画好きやSF好きには、非常に評価が高かったこと。いわゆるカルト的な人気が高かった。

また、その作り込まれた世界観は、その後の映画制作に大きな影響を与えました。それまでの近未来映画は、映画が作られた時代のアメリカをそのまま引き伸ばし、小道具だけをSFっぽい何かに置き換えたようなものが多かったのだ。しかし、ブレードランナーの世界では、アメリカであるにも関わらず、アジア人が多くひしめき、まるで香港や台湾のような屋台街があり、看板には日本語で日本製品を紹介され、白人だけではない様々な人種のるつぼとなった世界であり、日本製品がどんどんと輸入され始めていた当時のアメリカ人の不安を反映しているかようで、さらにその街は、薄汚く、廃墟が立ち並び、退廃とした雰囲気がつつまれた、近未来にあるかもしれない世界をビジュアルで鮮明に映し出した映画でもあったのだ。(SF小説などでは、すでにこのような世界観はあったものの、ここまで完成度の高いものはなかった)
大きな影響を受けたものでいえば、有名なものでは押井守監督作品である『攻殻機動隊』などがある。

そんな映画の歴史を変えた『ブレードランナー』であるものの、公開前はそんなことを誰も知らないので、作ったあとも、一般受けするために、様々な編集が行われている。
また、公開されてから10年後、つまり『ブレードランナー』の評価がすでに高まってからディレクターズ・カット版を作成し、さらに公開されたから25年後にはファイナルカット版まで作れられることになった。
最終的にはブレードランナーには5つのバージョンがあり、バージョンによってはストーリーの解釈が変わってくるものまである。

そして、ついにその続編である『ブレードランナー2049』が公開される。
主役は『ララランド』のライアン・ゴズリング。前作の主人公であるハリソン・フォードも相棒として出演している。監督はリドリー・スコットではなく、『メッセージ』で近年稀に見るハードなSF映画を作ったと言われているドゥニ・ヴィルヌーヴ。リドリー・スコットは『エイリアン コヴェナント』 を作っていたので製作側に回っている。(『エイリアン コヴェナント』のレビューも近々書きますね]

アメリカではすでに公開され、なんと興行収入はよくないと言われている。
理由は、一作目と同じく、デートにぴったしな難解なストーリー、これまたデートにぴったしな2時間47分であり、データにぴったし過ぎた映画であることが原因とされている。
だが、SFファンはこう語っている。
「『ブレードランナー2049』が一般受けしていない?それは安心したよ。だって最高の褒め言葉じゃないか」と。

 

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2017-10-16 | Posted in hakariuri, 未分類

ライター紹介

西出 元

Nomiru ディレクター、撮影、イラスト、会議中に腹が減ったと晩御飯へと促すことを主に担当。企画が進まない原因の一人。
ディズニーランドとUSJに行ったことがなく、それに対する憧れが高まっていき、ハードルが上がりすぎて逆に行けなくなっているが最近の悩み。
好きなお酒は辛口の冷酒。好きな肴は白子ポン酢。


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