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ティファニーで朝飯を

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 先日、ある小さな音楽会で『ムーン・リバー』を聴く機会があった。
 ムーン・リバーは1961年のアメリカ映画『ティファニーで朝食を』の主題歌であり、主役を演じたオードリー・ヘップバーンが”なかなか味のある”歌声を劇中で披露している。
 僕は映画を観る前に原作となった小説『ティファニーで朝食を』を読んでいたのでストーリーや結末の違い、なによりジャンル自体も変わっていたことに驚いたものです。
 それでも、早朝の人気のないニューヨークのティファニー本店の前を、オードリー・ヘップバーンが黒いドレスに身を包みデニッシュパンを食べながら歩いて行くオープニングはとても素敵だったし、ラブロマンスとしても良作で、今見ても十分に楽しめる映画だと思う。

 まぁ、それはさておき、僕が注目したいのは『ティファニーで朝食を』というタイトルだ。

 内容も的確に表し、リズムも良く、優れた和訳のタイトルだと思う。
 もちろん、英語では『Breakfast at Tiffany’s』なのだから、そのまま日本語に訳しただけではないかと思うかもしれない。しかし日本語では同じ朝食でも「朝ごはん」や「朝飯」といった表現をする。意味は同じだが、そこから受けるニュアンスは変わってくるはずだ。

 まずは『ティファニーで朝食を』と言ったら、どういう朝食のイメージを浮かべるだろうか?そこを想像してみよう。


 パンはどうされますか?金髪碧眼で長身でスラっとして、近くを歩くたびに良い香りがする男性が、様々な焼きたてのパンが入ったバスケットを持って、微小を浮かべながらあなたにそう尋ねるだろう。あなたはオードリー・ヘップバーンで、ここはティファニーなのだ。そう、パンね…。碧い瞳に写った自分の姿から慌てて目を逸し、あなたは小首をかしげながら、パンを選ぶことになる。
 薄くに切ったパンをカリッと焼いたトースト(もちろんパンは選んだあとにトーストしてくれる)や、サクサクとしたクロワッサンも捨てがたい。映画と同じようにデニッシュパンというのもいいかもしれない。パンに塗るバターは既にやわらかくバターナイフですっと切れて、パンに塗ると自然と染みこんでいく。そこにオレンジのマーマレードを重ねて塗って頬ぼるとたまらなく幸せだ。
 朝食を彩る卵料理は、作りたてのオムレツかポーチドエッグ、あるいはエッグベネディクト。横にはカリカリのベーコンが添えられていて、それがきらめく銀食器で出てくる。オムレツは魔法のようにふわふわだ。ポーチドエッグはちょっとはしたないかもしれないけれど、こぼれてしまった黄身をパンにつけて口に入れる。するとさきほどの金髪碧眼の男性があなたに近づき、こっそりと耳元で「その食べ方が一番美味しいですよね。僕も、大好きです」と囁き、いたずらな笑みをあなたに向けながら去っていく。
 サラダは?もちろんいるだろう。オリーブオイルとレモンと塩と胡椒だけで作ったシンプルなドレッシングが新鮮な野菜本来の味を引き立てる。そしてフレッシュジュース。オレンジもいいけど、グレープフルーツジュースなんていうのもいいかもしれない。もちろん、朝からパンや卵料理なんて食べられないわ、という人はシリアルやフルーツが入ったヨーグルトという選択肢もある。
 金髪碧眼の男性が入れてくれた香り高いコーヒー(あるいは紅茶)を飲み終え、お会計を済まし、カツカツというハイヒールの音を立てながらティファニーを後にし、朝日が差すニューヨークの街へとあなたは消えていく…。


 内容はさておき、朝食という言葉はシンプル故に、それ以上の言葉の意味を持たない。それに対し、ふだん日常で口にするような「朝ごはん」、または男がよく使う「朝飯」は、それぞれ朝食という言葉の意味にイメージが付加されてくる。「朝ごはん」には日常的なあるいは家庭的なイメージが付加されるし、「朝飯」にはさきほども書いたとおり男性が使うイメージが強い。
 つまり『ティファニーで朝食を』というタイトルは、ティファニー宝石店という高級で華やかなイメージを持つ固有名詞と、そこに朝食という付加価値をもたない言葉を組み合わせる事で、ティファニーという言葉を邪魔することなく、特別な朝食または非日常、非現実的な朝食、つまりこれが願望であることをシンプルかつ的確に表現している。


 では、これが「ティファニーで朝飯(あさめし)を」だったら、どういうイメージを浮かべるだろうか。


 まずは白飯。ごま塩のおにぎりでもいいがデニッシュパンなんかとんでもない。「うち(ティファニー)にはパンは置いていないよ」と言われるだろう。それが銀食器のお茶碗によそわれてくる。そして代々伝わるぬか床で作ったぬか漬け(きゅうりとなす)。あるいはたくあん。また柴漬け。それに味付け海苔、納豆、卵焼き、のりの佃煮、ひじきの煮物、あじの開きか鮭の塩焼きなんかもあるといいですね。そして味噌汁は外せません。具はわかめと豆腐、または油揚げがよろしい。二日酔いだったらしじみの味噌汁なんてのもたまらんですな。
 白飯をかっ喰らい、ぬか漬けをポリポリと齧り、味噌汁を啜るオードリー・ヘップバーン。納豆をティファニーの箸で(そんなものがあるのかどうか知らないけれど、きっとキラキラしてるに違いない)かき混ぜるオードリー・ヘップバーン。割烹着を着たティファニーの店員のおばちゃんが「ちょっと店(ティファニー)が混んでるから相席よろしいかね?」と声をかけられ、いまから現場にいく土方のおじさんやお兄さんに囲まれるオードリー・ヘップバーン。「おばちゃーん、おれハムエッグ定食、卵2個ね」ハムエッグ…!!しかも卵2個のハムエッグ!!それにしても良かったな、と思いながらうすい緑茶をすするオードリー・ヘップバーン。
 もちろんこれはこれで良い。観てみたい気もする。しかしこれではティファニーが朝からやっている定食屋になってしまう。映画自体も「孤独のグルメ」になっています。なによりもティファニーに盛大に怒られるに違いない。
 やはり、ティファニーの横に朝飯という言葉のチョイスはよくないのだ。

 ちなみに『ティファニーで朝食を』には、ティファニーで朝食を摂るシーンは一切なく、ティファニーで朝食をとれるような身分になりたい、という意味である。

2015-11-10 | Posted in danpen

ライター紹介

西出 元

Nomiru ディレクター、撮影、イラスト、会議中に腹が減ったと晩御飯へと促すことを主に担当。企画が進まない原因の一人。
ディズニーランドとUSJに行ったことがなく、それに対する憧れが高まっていき、ハードルが上がりすぎて逆に行けなくなっているが最近の悩み。
好きなお酒は辛口の冷酒。好きな肴は白子ポン酢。


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