酒とアート、飲むと観るでノミルです

ペイント・イット・ブラック

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美大出身である。一応。
ついでにいえば、学士ではなく修士を取得している。おそらく。
それよりもずっと前、美大に入るまえの高校生の僕は、美術のことをそれほど知っているわけでなもく、サブカルチャーという言葉もなんとなく知っているだけで、知っていると言えばものすごく狭い範囲の趣味な世界だけという、いわゆるオタククラスタ?なエリアにいた。(もっと言えば、僕はオタクにもなれなかった訳だけれども)

ただ、なんとなく絵を描いたり、なにかを作ったりするのが、なんとなく楽しい。だからやっぱり進むとしたら美大かなぁ、勉強したくないしなぁ、といった感じで美大を受けることにした。いま、美大を目指している人がこれを読んだら怒るかもしれないけど、実際にそうだったのだから仕方がない。もっと、言えば、僕は美大のこともよく知らなかった。つまり、どういう美大があるか、ということを知らなかったのである。美大を受験しようかと思います。と進路相談で言ってみたものの、そもそもどういう美大があるのかしらない。京都に数多くの美大があるなんてことも知らなかったし、後に入ることになる京都嵯峨芸術大学(現 京都嵯峨美術大学)だって、九州の佐賀県にあると思い込んでいいた。そんな遠くからわざわざ大阪まで大学の紹介しなければならないなんて、大変なんだなぁ、くらいに思っていた。
そんな人間も、不思議なことに(受験率の低さという魔法がかけられ)無事に入学することができ、勉強したくない割には不思議と本を読んだり、それなりに勉強したりするようになってしまい、果ては大学院に行くと言い出す始末なってしまったのだ。しかも、現在に至っては大学講師までしている。人生どうなるか分からないものです。

ま、それはさておき、美大に行くためにはどうするか?実は、美大以外の大学と同じように予備校というのがあるのですね。美大予備校、あるいは画塾と呼ばれるもので、この2つは正確には違うものだけど、美大を目指すうえで入ることになるのは一緒だ。ここで何をするかというと、デッサンの練習をしたり、イメージ課題と呼ばれる絵を描いたり、紙で立体物を作ったりと、ようするに美大受験の練習をするところなのですね。
ぼくも、3ヶ月だけ美大予備校に入っていた。なにせ、美大受験を決めたのが高校3年生の夏である。11月の一般推薦試験まであと3ヶ月しかない。そして、そのときの僕のスキルといえば、なにも無かったし、知識といえば、なにも知らなかったのだ。デッサンはできない、絵の具の使い方もよく知らない、どういう大学があるかさえしらない。こんなヤツがなんで美大を受けようとして、うちの予備校に来たのか?予備校の先生は頭を抱えたに違いない。
ということで、僕はその予備校で制作のいろはから学ぶことになった。デッサンでは何回もコロナビールの形を取ろうとし、レンガとテイッシュの箱を描き分けようと踏ん張ったが、完全に付け焼き刃でしかなかった。いま思い出したが、僕は石膏デッサンをしたことがない。もっと言えば木炭デッサンをしたことがない。なので、いまだに石膏像を見ても名前がぼんやりとしか分からない。(大抵の美大生は石膏デッサンを何回もしているので、石膏像の名前を言える。そう、石膏像には色々な種類があるのだ)いやぁ、背筋が震えますね。
そんなこんなで悪戦苦闘しているなかで、僕がもっとも衝撃だったのは黒と白は色として扱われない、という美術における常識だった。それまで、黒の絵の具も白の絵の具も”たっぷり”と”そのまま”使っていたので、予備校の先生が、これはちょっと言っておかなければダメだ、恥をかく(うちの予備校が)と思ったのだろう。そしてやさしく、肩に手をかけながら・・・・かどうかは覚えていないけど「西出くん、黒と白はね、色じゃないんだよ」と教えてくれた。
衝撃だった。黒と白は色じゃない?いったいぜんたい、どういうことなんだろう。いま目の前にある黒の絵の具と白の絵の具はなんなんだ。これが、色じゃない?ほわーいじゃぱにーずぴーぼー?(その時代には無かった言葉だ)
そもそも、僕みたいな人間がもっとも目にする絵といえば、もちろんフェルメール、モネ、マチス、セザンヌ、ジャスパー・ジョーンズではなく・・・・冨樫義博、井上雄彦、浦沢直樹、松本大洋にあずまきよひこ、漫☆画太郎である。ようするに、マンガなのだ。白と黒で構成された世界。線と面と点で表現された世界だ。つまり、白と黒というもっとも身近な”色”が、色ではないと言われたときは、これまで見てきた世界に対して「あれは違うよ。あれは嘘だよ」と言われたようなものだった。もちろん、そういうことは言われていない。そもそもマンガと絵(とくに受験におけるイメージ課題)では、そもそも土俵が違う。だから、先生がいったことは正しい。だけど、これを受け入れるのにはかなりの時間が掛かってしまった。そして、なによりも僕は色をつくり、筆で塗るのが下手くそだったのだ。(デッサンもできなくて、色も作れないとしたら、いったいなにが残るのか)みんながカリカリとデッサンを描いているなか、僕はひとり打ちひしがれていた。これが、美術か。と大いなる勘違いをしたまま、美大に入ることになる。(美大の受験にはコラージュではいった。ただ僕はコラージュの要素をほとんど無視していたが)
さっきも書いたけど、あくまでもこれは美大受験におけるイメージ課題の話であり、白の絵の具も黒の絵の具を使用している作家や作品は存在している。もしかしたら、それはマンガというメディアが、僕が美大を受験していたころよりも美術に近づいたことを表しているのかもしれない。(もちろん、マンガをモチーフにした作品は昔からあった訳だけど)いまの美大受験がどういうものなのか、よく知らない。AO(アドミッション・オフィス)入試がメインで受験課題としてデッサンが少なくなっているという話も聞く。ただ、いつの時代にも僕のような何も知らない受験生はいるのだろう。そして僕みたいに、美術の常識にショックを受けるのだろうか。あるいは、それは僕だけのことなのか。あるいは、その考え自体がもはや古いことなのか。思い出したように、ときどき、ふと考えてしまう。

2016-06-06 | Posted in hakariuri

ライター紹介

西出 元

Nomiru ディレクター、撮影、イラスト、会議中に腹が減ったと晩御飯へと促すことを主に担当。企画が進まない原因の一人。
ディズニーランドとUSJに行ったことがなく、それに対する憧れが高まっていき、ハードルが上がりすぎて逆に行けなくなっているが最近の悩み。
好きなお酒は辛口の冷酒。好きな肴は白子ポン酢。


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